「許せサスケ」で検索してこのページにたどり着いたあなたは、あの名シーンのセリフが何話・何巻に出てくるのか、「また今度だ」と「これで最後だ」の違いは何なのか、そしてイタチが額を小突くデコ遁にどんな意味が込められているのか、さらにはうちはイタチの真実まで、いろいろ気になっているのではないでしょうか。許せサスケは、岸本斉史さんの『NARUTO -ナルト-』に登場するうちはイタチのセリフで、弟うちはサスケへの深い愛情がにじむ、多くの読者の心に残る名言です。私自身、この作品を読み返すたびにイタチという人物の切なさに胸を打たれてきました。この記事では、二つのセリフの違いから登場する巻数・話数、そしてイタチの真実が明かされる展開まで、私が感じたことを交えながら丁寧にまとめていきます。読み終わるころには、許せサスケという言葉の重みがすっきり整理されているはずです。
記事のポイント
- 許せサスケの二つのセリフの違いと意味がわかる
- それぞれのセリフが何巻・何話に登場するか整理できる
- デコ遁と呼ばれる額小突きに込められた愛情がつかめる
- うちはイタチの真実とサスケを生かした選択がわかる
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許せサスケの意味とイタチの名シーン
まずは「許せサスケ」という言葉がどんな場面のセリフなのか、その全体像を整理していきます。実はこのセリフには二つのパターンがあり、そこを混同してしまうと意味を取り違えてしまうんですね。ここでは二つのセリフの違い、登場する巻数・話数、そして額を小突く仕草に込められた意味まで、順を追って見ていきましょう。

「許せサスケ また今度だ」の場面
「許せサスケ」というセリフには、実は二つのパターンがあります。一つ目が、うちはイタチが幼い弟のサスケに向けて言う「許せサスケ、また今度だ。」です。
これは、まだ木ノ葉隠れの里が平和だったころのやりとりです。幼いサスケは、兄のイタチに手裏剣の稽古をつけてほしいとせがみます。でもイタチは任務などで忙しく、なかなか弟の相手をしてあげられません。そんなとき、イタチは人差し指と中指をそろえてサスケの額を軽く小突きながら、「許せサスケ、また今度だ」と言うんですね。
この仕草は、二人の兄弟の間で繰り返される日常のワンシーンとして描かれます。忙しくて構ってあげられない代わりに、額をコツンと小突くことで弟への愛情を伝えている。ぶっきらぼうだけれど優しい、イタチらしいコミュニケーションだなと感じます。この何気ないやりとりが、のちの決着シーンで大きな意味を持ってくるので、まずはこのセリフを覚えておいてください。
「許せサスケ これで最後だ」の決着
二つ目のパターンが、サスケとの最終決戦でイタチが口にする「許せサスケ…これで最後だ。」です。こちらが、多くの読者が「許せサスケ」と聞いて真っ先に思い浮かべる、あの名シーンですね。
兄への復讐だけを胸に強くなってきたサスケは、ついにイタチとの決着の時を迎えます。壮絶な戦いの末、力尽きたイタチは、ふらつく足でサスケのもとへ歩み寄ります。そして血のついた指で、幼いころと同じようにサスケの額を小突き、「許せサスケ…これで最後だ」と告げて、静かに倒れていくんです。
幼少期に何度も繰り返された「また今度だ」が、この決着の場面では「これで最後だ」に変わっている。日常の口癖だった言葉が、最期の別れの言葉として反復される構成には、思わず胸が締めつけられます。この時点ではまだイタチの本当の想いは明かされていませんが、後になってこのセリフの意味を知ると、もう一度読み返さずにはいられなくなるんですよね。
二つの台詞は何巻・何話か
それぞれのセリフが何巻・何話に登場するのか、気になっている方も多いと思います。ここは競合の解説でも扱いが分かれる部分なので、できるだけ正確に整理しておきますね。
まず幼少期の「許せサスケ、また今度だ」は、漫画では第17巻あたりで回想として描かれ、その後も複数の巻で繰り返し登場します。アニメでは疾風伝の回想シーンなどで描かれています。
そして決着シーンの「許せサスケ…これで最後だ」は、漫画では第43巻に収録されています。話数については複数の情報を突き合わせた結果「402話前後」とされていますが、断定はせず目安として捉えてください。アニメでは『NARUTO -ナルト- 疾風伝』第358話「終焉」で描かれます。この回は2009年12月3日に放送されました。
| セリフ | 場面 | 漫画 | アニメ(疾風伝) |
|---|---|---|---|
| 許せサスケ、また今度だ | 幼少期の口癖 | 第17巻ほか | 回想シーンで描写 |
| 許せサスケ…これで最後だ | 決着シーン | 第43巻 | 第358話「終焉」 |
ここで一つ注意しておきたいのが、決着シーンと「イタチの真実」が明かされる回は別物だという点です。ネット上の一部の解説ではこの二つが混同されがちですが、額を小突いてイタチが倒れる決着は第358話「終焉」、そしてイタチの真実が語られるのはその後の第361話「真実」です。3話分離れた別の回なので、ここは分けて理解しておくと迷いません。
デコ遁に込められたイタチの愛情
イタチがサスケの額を指で小突くあの仕草は、ファンの間で「デコ遁」という愛称で親しまれています。忍術のような「〇〇の術」ではないのに、まるで一つの技のように呼ばれているのが面白いところですよね。
このデコ遁は、うちは家に受け継がれる愛情表現のモチーフとして物語の中で繰り返し登場します。イタチからサスケへ、そしてサスケから次の世代へと、同じ仕草が世代を越えて描かれていくんですね。言葉で「大切だ」と伝えるのが不器用な人でも、この額を小突くという行為なら想いを託せる。そんな温かさがこの仕草には込められています。
幼いころに何度も「また今度だ」と言われながら小突かれたサスケにとって、この仕草は兄との数少ない優しい記憶そのものです。だからこそ、決着の場面で同じようにデコ遁をされ、「これで最後だ」と告げられる展開が、これほどまでに読者の胸を打つんだと思います。ここで、スタジオぴえろ公式が20周年を記念して公開している、暁との激闘シーンをまとめた動画を紹介しておきます。イタチをはじめとする戦いの空気感が伝わってくる映像です。
許せサスケの真意とイタチの真実
ここからは、なぜイタチが「許せ」とサスケに謝り続けたのか、その裏にあるイタチの真実に踏み込んでいきます。うちは一族を手にかけた理由から、木ノ葉上層部との関係、そしてサスケを生かすための選択まで、物語の核心に触れる内容です。許せサスケという言葉の本当の重みが見えてくるはずです。

この先は『NARUTO -ナルト-』のうちはイタチにまつわる重要なネタバレを含みます。物語を自分の目で確かめたい方は、ここから先を読む前に本編を読むことをおすすめします。
イタチがうちは一族を手にかけた理由
サスケが長いあいだ復讐の対象としてきたイタチは、かつてうちは一族を一夜にして壊滅させた張本人でした。実の家族や同族を手にかけ、弟のサスケだけを生かして里を去った。この事実だけを見れば、イタチはとんでもない裏切り者に見えます。
でも、物語が進むにつれて明らかになるのは、この一族抹殺には深い事情が隠されていたという真実です。当時、うちは一族は木ノ葉隠れの里に対してクーデターを計画していたとされています。里の中枢とうちは一族の間で対立が深まり、内乱が起きかねない一触即発の状況にあったんですね。
この危機を回避するために動いたのが、木ノ葉の中枢部でした。そしてその任務を託されたのが、ほかならぬうちはイタチだったのです。イタチは自分の意思だけで一族を襲ったのではなく、里の平和を守るという大義のもとで、あまりにも重い役目を背負わされていた。ここを知ると、彼への見方が180度変わってしまいますよね。
木ノ葉上層部とダンゾウの命令
うちは一族抹殺の裏で動いていたのが、木ノ葉の上層部、その中でも「根」を率いる志村ダンゾウという人物です。ダンゾウらは、うちは一族のクーデターによって里が内乱状態に陥り、他国につけ込まれることを何よりも恐れていました。
そこでイタチに下されたのが、うちは一族を抹殺せよという非情な任務でした。イタチはもともと、うちは一族側から里の中枢を探るために暗部へ送り込まれたスパイでもありました。つまり彼は、一族と里という二つの立場の板挟みになる、極めて危うい位置に立たされていたんですね。
忍として里の平和を最優先に考えるイタチにとって、これは断腸の思いの選択だったはずです。自分の家族を含む一族すべてを手にかけるという、常人には到底背負いきれない重荷を、まだ若かったイタチが引き受けることになった。志村ダンゾウという名前は、この悲劇を語る上で欠かせない存在です。ちなみに、この抹殺には協力者がいたともされていますが、その正体をめぐる詳しい設定は解釈が分かれる部分なので、ここでは深追いしないでおきますね。
サスケを生かすための二重スパイ
イタチが背負った選択の中で、最も切ないのが弟サスケを生かすための決断です。ダンゾウはイタチに、残酷な二択を突きつけたとされています。
一つは、うちは一族の側について、弟のサスケも含めた家族全員とともに死ぬ道。もう一つは、里の側について一族の殲滅に協力する代わりに、サスケだけは生かしてもらう道です。イタチが選んだのは後者、つまり自分の手を汚してでも弟の命を守る道でした。
さらにイタチは、三代目火影にサスケの保護を嘆願し、ダンゾウに対しては「サスケに手を出せば里の機密情報を他国に暴露する」と釘を刺した上で里を抜けます。そして、自らすすんで「一族を殺した裏切り者」という汚名を背負い、弟に憎まれる道を選んだのです。サスケに強くなってほしい、そしていつか自分を倒すことで一人前になってほしい——その一心だったんですね。「許せサスケ」という言葉には、こうした弟への計り知れない愛情と、嘘をつき続けなければならなかった苦しみが込められているわけです。この兄弟の絆については、サクラとサスケの関係を掘り下げた記事とあわせて読むと、サスケという人物像がより立体的に見えてきます。
イタチの真実が明かされる場面
では、こうしたイタチの真実はどの場面で明かされるのでしょうか。ここが先ほど触れた決着シーンとは別の回になるので、しっかり分けて押さえておきましょう。
サスケとイタチの決着そのものは、アニメ疾風伝の第358話「終焉」で描かれます。しかし、この時点ではまだイタチが一族を殺した本当の理由は語られていません。イタチの真実が本格的に明かされていくのは、決着の後の展開です。第360話「因縁」でうちはマダラを名乗る人物がイタチの過去を語り始め、そして第361話「真実」で、二重スパイとしての苦悩やサスケを生かした選択の全容が明らかになります。
この「終焉」から「真実」までの流れを通して見ると、なぜイタチが最期まで「許せ」と謝り続けたのかがようやく腑に落ちるんですね。決着の回だけを見ても、真実の回だけを見ても片手落ちで、両方あわせて初めてこの物語の重みが完成します。なお、イタチ自身の生死をめぐる展開が気になる方は、NARUTOの死亡にまつわる真相をまとめた記事もあわせて読むと、キャラクターたちの運命がより深く理解できると思います。
アニメ疾風伝で見る方法
「このイタチとサスケの決着を、アニメでまとめて見たい」という方に向けて、配信状況を整理しておきます。決着シーンを含むアニメ『NARUTO -ナルト- 疾風伝』は、U-NEXTで見放題配信されています。第358話「終焉」から第361話「真実」までを続けて視聴できるので、決着と真実の両方をイッキ見したい方にはぴったりですね。独占配信ではなく、ほかのVODでも並行して配信されていますが、U-NEXTなら関連する劇場版なども探しやすいのがうれしいポイントです。
許せサスケの意味まとめ
最後に、許せサスケの意味とイタチの真実を振り返っておきます。「許せサスケ」には、幼少期の口癖である「また今度だ」と、決着シーンの「これで最後だ」という二つのセリフがあり、同じ額小突きの仕草とともに描かれる対比が、この名シーンの心を打つポイントでした。
そして「許せ」と謝り続けた言葉の裏には、木ノ葉の平和を守るために一族を手にかけ、それでも弟サスケだけは生かそうとしたイタチの、計り知れない愛情と苦しみが込められていました。決着は疾風伝第358話「終焉」、真実が明かされるのは第361話「真実」という別の回であることも、あわせて覚えておくと理解が深まります。
本記事でご紹介した巻数・話数や配信状況は執筆時点で確認した情報をもとにまとめていますが、細かな設定や配信ラインナップは変わることもあります。正確な情報は公式サイトをご確認いただき、最終的な判断はご自身で行っていただければと思います。それでも、許せサスケという言葉の重みを知った上で読み返すNARUTOは、きっと最初に読んだとき以上に胸に響くはずです。ぜひもう一度、うちはイタチという人物の生き様を味わってみてくださいね。