「チェンソーマン 2部 つまらない」と検索してこのページにたどり着いたあなたは、なぜ2部がつまらない・面白くないと言われるのか、その理由が気になっているのではないでしょうか。三鷹アサが主人公になった学園編への戸惑い、デンジの出番が減ったこと、テンポや作画の変化、そして2部の評価や感想が実際どうなのか。逆に「2部のほうが面白い」という声もあって、1部と2部どちらが好きかで意見が割れているのも事実です。チェンソーマンは藤本タツキさんによる大ヒット作で、第2部は少年ジャンプ+で連載され、2026年3月25日に完結しました。この記事では、原作マンガ第2部(学園編)の作風や展開への賛否について、否定的な声と肯定的な声を同じだけ紹介しながら、最後にどんな読者に合う作品なのかまで丁寧に整理していきます。なお、ここで扱うのはあくまで原作マンガ2部の話であって、アニメ版の改変への批判とは別のテーマなので、その点も最初にはっきりさせておきますね。
記事のポイント
- 2部がつまらないと言われる主な理由を整理できる
- 三鷹アサへの主人公交代やデンジの出番をめぐる論点がわかる
- 2部を面白いと評価する声・再評価の動きも同じだけ知れる
- 1部と2部どちらが好きか、どんな読者に合うかがつかめる
本題に入る前に、ひとつだけ大事な前提を共有させてください。この記事のテーマは、原作マンガ第2部(学園編)の作風や展開への賛否です。ネット上には「チェンソーマンのアニメがひどい」といった声もありますが、それはアニメ版(第1部)の原作からの改変をめぐる話であって、今回の内容とは対象が異なります。アニメ版の改変への評価や不満点が気になる方は、アニメ版(第1部)の改変への評価・不満を扱った別記事のほうをご覧ください。ここでは、あくまで原作マンガ2部そのものの賛否にしぼって話を進めていきますね。
ジャンプできる目次📖
チェンソーマン2部がつまらないと言われる理由
まずは、チェンソーマン2部が「つまらない」「面白くない」と言われるとき、具体的にどんな点が理由として挙げられているのかを整理していきましょう。主人公の交代、デンジの立ち位置、恋愛・学園要素、テンポや戦闘のわかりにくさ、作画の変化——このあたりが繰り返し話題になっているポイントです。ここで紹介するのはあくまで「そういう声がある」という傾向であって、作品を一方的に貶したいわけではないという前提で読み進めてくださいね。

主人公が三鷹アサに交代した違和感
2部で「つまらない」と言われるとき、いちばん多く挙がるのが主人公の交代への戸惑いです。第1部の主人公デンジは、「普通の暮らしがしたい」「胸を揉みたい」といったわかりやすい欲望が物語をぐいぐい引っ張っていくキャラクターでした。読者としても、彼が何を求めて動いているのかがすぐに伝わってきたんですよね。
これに対して2部で主人公格となる三鷹アサは、内向的で受け身な性格として描かれます。両親を悪魔に亡くし、周囲になじめず孤立していた少女で、戦争の悪魔ヨルと肉体を共有することになるのですが、彼女が何を目的に動いているのかが読者に伝わりにくいという指摘があります。デンジのような直球の欲望がない分、感情移入しづらいと感じる人がいるわけですね。わかりやすい主人公から、内面の読み取りが必要な主人公へ——この落差が戸惑いの正体だと言えそうです。
デンジの出番・目的が見えにくい
もう一つよく挙がるのが、デンジの出番や目的が見えにくくなったという声です。2部のデンジは正体を隠して高校に通う学生として登場し、三鷹アサと並走する形の構成になっています。1部のように彼が物語の中心で暴れ回るわけではないため、「デンジの出番が減った」「主役感が薄れた」と感じる読者がいるようです。
加えて、2部のデンジ自身のキャラクターの変化を指摘する声もあります。1部のがむしゃらな勢いが影をひそめ、「大人しく落ち着いた存在になった」「腑抜けになったように見える」といった感想が見られるんですね。もちろんこれは物語上の成長や状況の変化とも受け取れる部分で、受け止め方は人それぞれです。ただ、1部のデンジを期待していた読者にとっては、その変化が物足りなさにつながることがあるようです。「デンジがデンジらしくない」と感じるかどうかが、2部の入り口での大きな分かれ道になっています。
また、1部で人気の高かったパワーや姫野といったキャラクターの登場が減ったことへの寂しさを挙げる声もあります。お気に入りのキャラが活躍する姿を期待していた読者ほど、その不在を物足りなく感じてしまうのかもしれません。
恋愛・学園要素へのギャップ
2部は女子高生の三鷹アサが主人公格になり、学園生活が物語の舞台になりました。これにともなって、友情・恋愛・嫉妬・孤独といった青春描写の比重が増えています。この方向性が、1部のダークなアクション路線を期待していた読者との間でギャップを生んでいるという指摘があるんですね。
具体的には、時に「少女マンガ的」と評されるような場面が増えたことに戸惑う声があります。アサがヨルの作戦としてデンジに接近し、そのうちに本心で惹かれていく——といった恋愛的な関係性の描写も、賛否の対象になっています。バトルやホラー寄りの緊張感を求めて読み始めた人には、こうした学園ラブコメ的な空気が「思っていたのと違う」と映ることがあるわけです。2部の学園編がどんな内容で、最終的にどう着地したのかについては、第2部(学園編)の全体像と結末を解説した記事で詳しくまとめているので、あわせて読むと背景が見えやすいと思います。
テンポと戦闘のわかりにくさ
物語のテンポや戦闘描写について、「わかりにくい」と感じる読者がいるという点も、つまらないと言われる理由としてよく挙がります。2部は心理描写を中心とした展開が増えたことで、物語の進み方が1部とは変わったと感じる人がいるようです。
戦闘シーンについても、「何が起きているのか把握しづらい」という声が見られます。さらに、国際的な勢力やオカルト的な要素、チェンソーマンを崇拝する集団など、新しい設定が積み重なっていくため、物語全体の流れを追いにくいと感じる読者がいるとされています。情報量が多く、一度読んだだけでは関係性を整理しきれない、というわけですね。
藤本タツキさんの作品はもともと、あえて説明を省いて読者に想像を委ねる演出が特徴とされています。2部ではその傾向がより強まったと感じる人もいて、「置いていかれる」「意味がわかりにくい」という感想につながることがあるようです。説明を省く作風は、はまれば深い余韻になりますが、合わないと不親切に感じてしまう——このあたりも好みが分かれるところですね。
作画の変化を指摘する声
絵柄についても、1部と比べて作画のタッチが変化したと感じるという声があります。線の描き込みや背景の描写について、1部のころと印象が違うと指摘する読者がいるんですね。
ここで一つ強調しておきたいのは、これはあくまで個人の感想であって、公式が「作風を変えた」と明言しているわけではないという点です。ネット上では「劣化」といった強い言葉が使われることもありますが、それは断定できるものではありません。連載が長く続く中で絵柄が少しずつ変わっていくのはどの作家さんにもあることで、そこに味わいを感じる人もいれば、違和感を覚える人もいる、という程度に受け止めておくのが公平だと思います。
参考までに、原作『チェンソーマン』の連載開始時に公開された公式PVを載せておきます。1部当時のタッチや世界観の雰囲気を確認できるので、2部との印象の違いを自分の目で比べてみるのも面白いですよ。
※上の映像は原作(マンガ)の公式PVです。アニメのPVではないので混同しないようご注意くださいね。
チェンソーマン2部が面白いと評価する声
ここまで否定的な声を紹介してきましたが、チェンソーマン2部には「むしろ2部のほうが面白い」「深みが増した」と評価する声も同じくらい多くあります。テーマ性の深化、心理描写の丁寧さ、印象的なバトル描写、そして完結後の再評価の動き。ここからは、2部を肯定的に捉える視点を、否定意見と同じボリュームで見ていきましょう。片方だけを見て判断すると、この作品の面白さを見落としてしまうかもしれません。

アイデンティティと共生のテーマ性
2部を評価する声としてまず挙がるのが、より複雑で現代的なテーマ性です。1部が「デンジがマキマという“支配”から解放されていく物語」だったのに対し、2部は「アサが戦争の悪魔ヨルという存在といかに共生し、あるいは対立していくか」を描いた物語だという見方があります。単純な勧善懲悪ではなく、より入り組んだ関係性を扱っているというわけですね。
さらに、集団への依存やカルト的な集団の描写、偶像崇拝、SNSによる情報操作といった、現代社会につながるテーマが作品に投影されているという指摘もあります。チェンソーマンという英雄が崇拝の対象になっていく構図は、まさに今の時代を映しているとも読めます。派手なバトルの裏で、人間や社会のありようを問いかけてくる——ここに2部の奥行きを感じる読者は少なくありません。
心理描写の深化への評価
否定意見では「テンポが遅い」とされた心理描写ですが、これをむしろ長所として評価する声もあります。アサとヨルという二つの人格が一つの身体を共有するという状況を通じて、「自分は何者なのか」「どう選択すればいいのか」という内面の葛藤が丁寧に描かれている、という評価です。
1部がスピード感とインパクトで押していく物語だったとすれば、2部はじっくりと登場人物の心の揺れを追っていく物語だと言えます。デンジ自身の内面的な変化についても、「腑抜けになった」ではなく「成長として描かれている」と前向きに受け取る読者がいます。同じ描写でも、読み手の視点によってこれだけ評価が変わるのが面白いところですね。バトルよりも人間ドラマや群像劇としての側面に注目し、「デンジが抱く幸福とは何か」という問いに惹かれる読者もいるとされています。
ヨル戦などの作画・構図の評価
作画についても、変化を指摘する声がある一方で、2部ならではの見どころを評価する声があります。特に戦争の悪魔ヨルが関わる戦闘シーンなどでは、独創的な構図やアクション表現が光っていると評価されているんですね。
藤本タツキさんの絵は、整った美しさというよりも、勢いや異様さで読者の心をつかむタイプだと感じています。2部でもその持ち味は健在で、ページをめくった瞬間に「うわっ」と声が出るようなコマは随所にあります。作画のタッチが変わったと感じる人がいるのは事実ですが、それを個性の進化として楽しんでいる読者も同じだけいる、というのが実情です。
完結後の再評価の動き
2026年3月25日に第232話で2部が完結したことを受けて、あらためて2部を評価し直そうという動きも出てきています。連載を追っている途中では見えにくかった全体像が、完結して一つの物語としてつながったことで、新たな読み方ができるようになったんですね。
たとえば、最終話までの流れを踏まえて「信仰と幻滅」といったテーマの一貫性から2部を読み解こうとする考察も見られます。連載中は「テンポが遅い」「よくわからない」と感じられた部分が、完結後に振り返ると伏線や意図として腑に落ちる——そんな再評価が起きているわけです。途中でつまずいた人こそ、完結した今なら一気読みで印象が変わるかもしれません。
1部と2部どちらが好きかは分かれる
結局のところ、1部と2部どちらが好きかは読者によってはっきり分かれるというのが正直なところです。「傑作の1部と比べて2部は駄作なのか」という議論はたびたび起きていますが、そこには「評価するのはまだ早い」「1部より2部のほうが面白いという意見もある」など、実にさまざまな声が集まっています。
| 観点 | 「つまらない」と感じる読者 | 「面白い」と感じる読者 |
|---|---|---|
| 主人公 | デンジのわかりやすさが恋しい | アサの内面の葛藤に惹かれる |
| 作風 | 1部のダークアクションを期待 | 学園・心理描写の新境地を歓迎 |
| テンポ | 展開が遅くわかりにくい | じっくり読ませる深みがある |
| テーマ | 設定が多く追いづらい | 現代社会を映す奥行きを評価 |
この表からもわかるように、否定と肯定は同じ要素の裏表であることが多いんですよね。「わかりにくい」と「深い」、「遅い」と「じっくり読ませる」は、まさに表裏一体です。だからこそ、どちらが正しいという話ではなく、自分がどちらのタイプかを知ることのほうが大事なのだと思います。
まとめ|チェンソーマン2部の楽しみ方
ここまで、チェンソーマン2部がつまらないと言われる理由と、面白いと評価する声を、できるだけ同じ重さで見てきました。最後に、どんな読者に2部が合うのかを整理して、締めくくりましょう。
2部が向いているのは、じっくりと登場人物の内面や、現代社会につながるテーマを味わいたい読者だと思います。反対に、1部のような疾走感あるバトルとわかりやすい主人公を求めている場合は、序盤で肩透かしを感じるかもしれません。ただ、それは作品の善し悪しというより好みの方向性の問題です。合わないと感じたら、完結した今こそ一気に読み通してみると、連載中とは違う景色が見えてくることもあります。
なお、「打ち切りだったのでは」という声を見かけることもありますが、チェンソーマンは全24巻できちんと完結した作品です。この点は別記事でも解説しているので、気になる方はそちらもどうぞ。作品の評価は最終的にあなた自身が読んで感じたことがいちばん大切ですし、あらすじや配信・発売情報などの正確な内容は公式サイトをご確認ください。解釈に迷ったときは、他人の評価よりもご自身が読んで受け取ったものを信じていただければと思います。
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