床下に暮らす小人の少女と、屋敷にやってきた少年。やかんの船で旅立っていくあの終わり方を、なんとも言えない気持ちで見送った記憶がある方も多いはずです。ところがこの映画には、イギリスで1952年に生まれた原作小説があり、そちらの結末は映画とかなり違う場所に着地します。この記事では、映画と原作小説『床下の小人たち』の違い、両者のあらすじと結末、そして「その後」がどこまで描かれているのかを、確認できた事実だけで整理していきます。
記事のポイント
- 原作はメアリー・ノートンが1952年に発表した児童文学
- 翔は映画オリジナルの少年で原作に名前を持つ少年はいない
- 映画は旅立ちで終わり原作は一家の生死を語らずに閉じる
- 原作は全5作のシリーズとして完結している
先に、映画と原作の違いを一枚の表にまとめておきます。細かい根拠はこのあと順番に見ていきましょう。
| 比べる点 | 映画(2010年) | 原作小説(1952年) |
|---|---|---|
| 舞台 | 現代の日本 | 1950年代のイギリスの古い屋敷 |
| 少年 | 翔・12歳・心臓の病気 | 名前を与えられない少年として登場する |
| スピラー | 登場する | 第1作には登場せず2作目から現れる |
| 結末 | 一家が旅立って幕 | 一家が逃げ切れたかは語られないまま終わる |
| その先 | 続編は確認できず | 全5作のシリーズとして完結している |
借りぐらしのアリエッティと原作小説の違い
まずは土台の共有から。映画と原作それぞれの基本データ、あらすじ、登場人物、そして設定がどう組み替えられたのかを見ていきます。ここが頭に入ると、後半の結末の話がすっと入ってきますよ。

映画『借りぐらしのアリエッティ』の基本情報
2010年の夏に公開されたスタジオジブリ作品です。長く原画・作画監督として現場を支えてきた人物が、この作品で初めて監督の椅子に座りました。
監督・脚本・公開日と上映時間
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 監督 | 米林宏昌(本作が初監督作品) |
| 脚本 | 宮崎駿、丹羽圭子 |
| 企画 | 宮崎駿 |
| 原作 | メアリー・ノートン『床下の小人たち』 |
| 音楽 | セシル・コルベル |
| 制作・配給 | スタジオジブリ/東宝 |
| 公開日 | 2010年7月17日 |
| 上映時間 | 94分 |
94分という上映時間は、ジブリ作品のなかでもかなり短い部類です。派手な事件を積み上げるかわりに、床下の暮らしぶりと、少女と少年の距離だけをじっくり見せる。作品の手ざわりは、この長さと無関係ではないでしょう。作品の概要はスタジオジブリ公式サイトの作品ページでも確認できます。
声優キャストの顔ぶれ
主役の二人に当時10代の俳優を据えつつ、家族と屋敷側は演技経験の厚い顔ぶれで固めた配役でした。
| 役 | 声優 | 役どころ |
|---|---|---|
| アリエッティ | 志田未来 | 床下で暮らす小人の少女 |
| 翔 | 神木隆之介 | 屋敷にやってきた心臓の病気を抱える少年 |
| ホミリー | 大竹しのぶ | アリエッティの母 |
| ポッド | 三浦友和 | アリエッティの父 |
| ハル | 樹木希林 | 屋敷の家政婦 |
| スピラー | 藤原竜也 | 野で暮らす小人 |
| 貞子 | 竹下景子 | 屋敷の主で翔の大伯母 |
原作小説『床下の小人たち』とはどんな作品か
映画の元になったのは、イギリスの作家が書いた児童文学です。日本でも半世紀以上、途切れずに読み継がれてきました。
メアリー・ノートンと1952年のカーネギー賞
原題は『The Borrowers』。著者はメアリー・ノートン、刊行は1952年で、イギリスのデント社から世に出ました。翌1953年にはアメリカのハーコート・ブレイス社版も刊行されています。発表された1952年のカーネギー賞――英国図書館協会が、その年のイギリス人作家による最も優れた児童文学に贈る賞――を受賞した作品でもあります。しかも評価は当時かぎりではありません。2007年に同賞が70周年を迎えた際、歴代受賞作のトップ10の一つに選ばれました。半世紀たっても代表作として名前が挙がる、そういう地位にある本なんですね。
日本語で読めるのは岩波少年文庫の新版で、訳は林容吉さん。2000年9月刊行、ISBNは9784001140620です。書誌は岩波書店の公式ページで確認できますよ。
「小人の冒険シリーズ」は全5作
ここが映画しか知らない方には意外なところ。原作は1冊で終わりではなく、全5作のシリーズです。映画が下敷きにしたのは、そのうちの第1作にあたります。
| 順番 | 邦題 | 原題 |
|---|---|---|
| 1作目 | 床下の小人たち | The Borrowers |
| 2作目 | 野に出た小人たち | The Borrowers Afield |
| 3作目 | 川をくだる小人たち | The Borrowers Afloat |
| 4作目 | 空をとぶ小人たち | The Borrowers Aloft |
| 5作目 | 小人たちの新しい家 | The Borrowers Avenged |
床下から野へ、野から川へ、川から空へ。タイトルを並べるだけで一家がどんどん外の世界へ押し出されていくのが伝わってきます。なお第5作は、第4作からおよそ20年の間を置いて書かれた作品です。
あらすじをおさらいしておく
結末の話に入る前に、映画と原作それぞれの筋道を短く押さえておきましょう。細部までなぞるのではなく、骨組みだけ。
映画のあらすじ
古い屋敷の床下に、人間に見つからないよう息をひそめて暮らす小人の一家がいます。父ポッド、母ホミリー、そして娘のアリエッティ。彼らは人間の家から暮らしに要るものを少しずつ「借りて」生活を成り立たせています。そこへ、心臓の病気を抱えた12歳の少年・翔がやってくる。彼は屋敷でアリエッティの姿を目にしてしまいます。見られたら引っ越すのが借りぐらしの掟です。それでも二人は言葉を交わし、少しずつ心を通わせていきます。やがて家政婦のハルが小人の存在に勘づき、一家の暮らしは根こそぎ揺さぶられることになるのです。
原作のあらすじと重なる部分
原作もまた、古い屋敷の床下に住むクロック一家の物語です。父ポッド、母ホミリー、娘アリエッティという構成は同じ。アリエッティが少年と出会って交流が生まれることも、家政婦に見つかり、ねずみの駆除業者が呼ばれる騒ぎになる流れも共通しています。骨組みはかなり忠実と言っていいでしょう。違いが出るのは、その骨組みに何を肉付けしたか、そしてどこで筆を置いたか。この2点に尽きます。
登場人物と原作との対応
名前と役どころを一覧にしておきます。原作との関係も、確認できた範囲で添えました。
| 人物 | 立場 | 原作との関係 |
|---|---|---|
| アリエッティ | 小人の少女 | 原作にも同名で登場する主人公 |
| ポッド | アリエッティの父 | 原作にも登場。人物像の変化を指摘する解説もある |
| ホミリー | アリエッティの母 | 原作にも同名で登場 |
| 翔 | 屋敷に来た少年 | 映画オリジナル。原作の少年に名前はない |
| ハル | 屋敷の家政婦 | 原作にも家政婦は登場するが対応関係は未確認 |
| 貞子 | 屋敷の主・翔の大伯母 | 原作にも屋敷の老婦人は登場するが対応関係は未確認 |
| スピラー | 野で暮らす小人 | 原作では第1作に登場せず2作目から現れる |
ハルと貞子は原作の誰にあたるのか
原作にも、屋敷の主である病弱な老婦人と、小人を追い出そうとする家政婦は出てきます。ただ、ハルと貞子がその人物をそのまま置き換えたものなのかどうかは、確かな資料で裏が取れませんでした。ネット上には対応関係を断定する解説も見かけますが、こちらでは確認できていない以上、断定は避けておきます。ここは今後の宿題ということで。
映画と原作で変わった設定
では、脚本が原作から何を動かしたのか。大きいのは舞台、少年、そして仲間の小人の3点です。
1950年代のイギリスから現代の日本へ
原作の舞台は1950年代のイギリス、田舎の古い屋敷です。対して映画は現代の日本に移されました。屋敷のモデルは東京都小金井市とされています。企画・脚本を担当した宮崎駿さんの狙いとしては、身近な舞台に置き換えることで、観客が自分たちの暮らしを見つめ直したり、小人たちを自分の側に引き寄せて受け取れるようにする、という説明がなされています。たしかに床下から見上げる台所も、庭の雑草も、日本の家のそれとして描かれると距離がぐっと縮まりますね。

翔は映画オリジナルの少年
原作の少年には固有の名前が与えられていません。「少年」として扱われ、年齢も8歳前後とされています。映画の翔は12歳で、心臓の病気を抱えているという設定に変えられました。この変更が大きい。死を意識している少年と、種として滅びかけている小人の少女が向き合う構図になり、二人の会話が生き延びることの話へ引き寄せられていきます。原作の少年とはずいぶん役割が違う人物なんですね。
スピラーは原作の2作目から登場する
野で暮らす小人スピラー。映画では途中から現れて一家に関わってきますが、原作の第1作『床下の小人たち』には登場しません。彼が初めて姿を見せるのはシリーズ2作目『野に出た小人たち』です。つまり映画は、1作目の物語を土台にしつつ、2作目以降の要素を持ち込んで組み直している。この点をつかんでおくと、あとで話す結末の違いも腑に落ちやすくなります。
ついでに一つ。一家がやかんに乗って川を下る場面については、シリーズ3作目『川をくだる小人たち』のエピソードを下敷きにしたのではないか、という指摘もあります。ただしこれは解説サイトで見かける読み方であって、公式に示されたものではありません。そういう見方がある、という程度に受け取ってください。

借りぐらしのアリエッティのネタバレ結末と原作の違い
ここからが本題です。映画がどこで幕を下ろし、原作がどこで筆を置くのか。この2つは似ているようで、読後に残るものがまったく違います。あわせて「ひどい」と言われる理由、その後の話、配信の状況までまとめて見ていきましょう。

この先には、映画『借りぐらしのアリエッティ』と原作小説『床下の小人たち』それぞれの結末に関するネタバレが含まれます。自分の目で確かめたい方は、ここで読むのをやめて作品に触れてから戻ってきてください。
映画『借りぐらしのアリエッティ』の結末
映画のラストは、別れの場面として組み立てられています。悲劇でもハッピーエンドでもない、その中間のような幕引き。
ハルに知られ、駆除業者を呼ばれる
一家の存在は、ついに家政婦のハルの知るところとなります。彼女は小人を捕らえようと動き、駆除業者まで呼び寄せてしまう。床下という安全地帯は、この時点で失われます。屋敷にとどまる選択肢は消え、一家は住み慣れた場所を捨てるほかなくなりました。ここは原作とも共通する、物語がいちばん大きく動くところです。
やかんの船で旅立つ二人の別れ
翔の手引きによって、一家は屋敷を離れます。やかんを船にして、新しい住処を探す旅へ。アリエッティと翔は、再会を約束する形では別れません。また会おうと言い合わないまま、それぞれの生き方へ戻っていく――映画が最後に差し出すのは、この静かな交流の余韻です。約束がないぶん、観たあとに残るものが長く尾を引きます。
原作『床下の小人たち』の結末
いっぽう原作は、同じ騒動を経ながら、まったく別の場所に着地します。ここがこの記事でいちばんお伝えしたい部分。
少年は逃げ道を作り、見届けないまま屋敷を去る
原作でも家政婦に見つかり、ねずみの駆除業者が呼ばれる騒ぎになります。そこまでは映画と同じ流れ。少年は床下の格子を壊して一家の逃げ道を作りますが、彼自身は一家が逃げおおせたかどうかを見届けられません。タクシーに乗せられ、屋敷を去ることになるからです。読者は少年の目を通して物語を追ってきたので、少年が見られなかったものは読者にも見えません。
一家の生死は語られないまま終わる
結果として、クロック一家が生き延びたのかどうかは本文中で直接描かれずに幕が下ります。ここが映画との決定的な差です。映画では一家が船に乗って進んでいく姿がはっきり映りますが、原作にその映像はありません。無事だったと信じたい気持ちだけが宙に残される。児童文学としては、ずいぶん厳しい終わり方だと思いませんか。
手がかりは日記の発見だけ
ただし、まったく何も示されないわけではありません。物語の後半、ケイトという少女がアリエッティの手記とおぼしき日記帳を見つける場面が描かれます。この発見が、一家が生きていたことをうかがわせる唯一の手がかりになっているんですね。断定はされない、けれど否定もされない。この宙ぶらりんの余韻こそが原作の持ち味です。
語りの外枠に仕掛けられたもの
もう一段ややこしい話も添えておきます。原作はメイおばさんという女性がケイトに語って聞かせる昔話、という外枠の構造を持っています。そして最後の一行に置かれたメイおばさんの一言によって、この物語自体が誰かの空想だったのではないか、と読めるようになっている――そう指摘する書評があります。日記の筆跡の癖を手がかりにした、ごく短い一言です。もっとも、これは原文そのものではなく書籍紹介メディアの読み解きなので、そういう受け取り方があるという紹介にとどめておきます。
結末が違って見える理由と作品のその後
二つの結末を並べたところで、その先の話に進みましょう。原作には続きがあり、映画には確認できる続きがありません。
原作は全5作で完結している
原作の一家は、あの床下で物語を終えたわけではありません。屋外へ、川へ、空へと移り住み、最終第5作『小人たちの新しい家』で教会と牧師館にたどり着き、落ち着いた暮らしを得るところでシリーズは完結します。第1作の終わり方が宙ぶらりんに感じられるのは、そもそも続きが用意されていたからでもあるわけです。逆に言えば、映画は「続きのない1作目」として物語を締める必要があった。だから旅立ちの姿をきちんと映して幕を下ろしたのだと考えると、あの結末の作りにも納得がいきます。
翔のその後は明示されていない
検索でよく見かけるのが、翔がその後どうなったのかという疑問です。手術は成功したのか、それとも――と気になりますよね。結論から言うと、映画の中で翔のその後は明確に描かれていません。心臓の病気が治ったのか、あるいはそうでなかったのか、答えは示されないままです。ネット上には両方の解釈が並んでいますが、どちらかを事実として書ける材料はありません。翔は映画オリジナルの人物ですから、原作をあたっても答えは出てこない。観る人に委ねられた部分だと受け取るのがいちばん誠実でしょう。
映画の続編は確認できない
続編についても触れておきます。2026年8月時点で調べたかぎり、『借りぐらしのアリエッティ』の続編にあたる作品の制作発表や公開実績は確認できませんでした。「無い」と言い切れるだけの一次情報を持っているわけではないので、確認できなかった、という言い方にとどめます。続きに触れたい方は、原作シリーズの2作目以降に進むのが現実的な道です。
「ひどい」と言われる理由をどう受け止めるか
作品名と一緒に「ひどい」という言葉を調べる方が一定数います。何が言われてきたのか、批評として残っているものだけを見ていきましょう。匿名の罵倒は扱いません。
映画評論で指摘された論点
映画評論家の小野寺系さんは、自身のレビューで具体的な指摘をいくつも挙げています。要点をまとめると次の4つ。
1つめは脚本の組み立てについて。小人たちの住まいや暮らしの全貌が序盤であまりに早く明かされてしまい、本来なら中盤で明かして引っぱるはずの興味が先に失われている、という指摘です。2つめは演出面で、背景美術がリアリティに寄りすぎていて、ジブリらしい誇張やデフォルメの楽しさが薄いという評。カメラワークも機械的で、観客の感情を強く動かそうという意志が感じられないとしています。3つめは人物の反応の薄さ。少年が小人を目撃したときの心の動きが曖昧だという読み方です。4つめは娯楽性で、「借り」という本来わくわくするはずの場面ですら笑える要素がほとんどない、という手厳しい評価でした。
評価は割れているが極端に低いわけでもない
とはいえ、作品全体が総じて低く見られているかというと、そうでもありません。レビューサイトのFilmarksでは平均★3.5前後という水準で、極端に低い評価が並んでいるわけではありません(2026年8月時点の傾向)。日本に舞台を移した設定が浮いて感じられる、テンポが遅くて地味、といった声が一定数ある一方で、静かな空気そのものを好む人も多い。好き嫌いがはっきり分かれるタイプの作品と言ったほうが実情に近いはずです。なお、ここで扱ったのは作品の作りに向けられた批評であって、関わった個人への評価ではありません。その線は引いておきます。
配信で観られるのか、どこで観るのが現実的か
ここは正直にお伝えします。今すぐ配信で観るのは、残念ながら難しい状況です。
主要な動画配信サービスでは配信が確認できない
定額の見放題サービスでもレンタルでも、2026年8月時点で本作の配信は確認できませんでした。これは本作にかぎった話ではなく、スタジオジブリ作品全般に共通する状況です。だから「どこで見れるのか」という問いへの答えは、いまのところ「配信では見られない」になります。がっかりさせてしまうかもしれませんが、探し回る時間を使わずに済むぶん、知っておいて損はない事実かと。なお配信の状況は変わる可能性があるので、気になる方は各サービスの公式サイトで作品名を検索して確認してください。
地上波放送が現実的な選択肢になる
配信で観られない以上、もう一度この映画に触れる機会として現実的なのは地上波放送です。スタジオジブリ作品は日本テレビ系『金曜ロードショー』で繰り返し放送されていて、本作もその常連の一本。放送の予定は編成で変わるので、観たい方は番組表か『金曜ロードショー』の公式サイトで直接確かめるのが確実です。
同じスタジオジブリ作品では、風の谷のナウシカも原作と映画で結末がまるで違う一本です。あちらは原作が宮崎駿さん自身の描いた漫画で、映画が扱ったのは全7巻のうち2巻の途中まで。顔ぶれの違いを先に押さえたい方には風の谷のナウシカの登場人物一覧が向いています。
原作小説を読む方法
映画との違いを自分の目で確かめたいなら、読むべきは第1作の『床下の小人たち』一冊で足ります。すぐ読み始めたい方は電子版、手元に置いて読み返したい方は岩波少年文庫の紙版、という選び方でいいでしょう。
補足
放送を観たその夜に、少年が去ったあと一家がどうなったのかを確かめたい――そういう読み方をするなら電子版が向いています。コミックシーモアでは岩波少年文庫版の『床下の小人たち』が配信されており、初めて新規無料会員登録をした方には70%OFFクーポンが用意されています(2026年8月3日時点)。割引の上限や有効期限などの条件は変わることがあるので、申し込み前に公式ページで確認してください。
床下の小人たち 新版(岩波少年文庫062/メアリー・ノートン、林容吉 訳)
映画の元になった原作シリーズの第1作。少年との出会いから、生死を語らずに閉じるあの結末までがこの1冊に入っています。違いを確かめたいなら、読むのはここからで足ります。
楽天の参考価格 ¥913/★4.31(105件)
紙の岩波少年文庫と電子版
紙で読むなら岩波少年文庫062の新版(Amazonの商品ページ)。挿絵はダイアナ・スタンレーで、訳は林容吉さんです。端末で読みたい方にはKindle版も出ています。どちらも中身は同じ第1作ですから、読みやすいほうを選んでください。価格や配信状況は変わることがあるため、購入前に各ページでご確認を。
2作目以降に進むかどうか
第1作を読み終えると、たいていの人は一家のその後が気になります。そこで2作目『野に出た小人たち』。スピラーが初めて登場するのもこの巻ですから、映画で彼を気に入った方には特におすすめです。とはいえ、映画との違いを知りたいだけなら1作目で十分。無理にそろえる必要はありませんよ。
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借りぐらしのアリエッティと原作に関するよくある質問(FAQ)
Q1. 借りぐらしのアリエッティの原作はどんな小説ですか?
A. イギリスの作家メアリー・ノートンが1952年に発表した児童文学『床下の小人たち』(原題The Borrowers)です。同年のカーネギー賞を受賞し、2007年には同賞70周年の歴代トップ10にも選ばれました。日本語版は岩波少年文庫062の新版(訳・林容吉、2000年9月刊)で読めます。
Q2. 映画と原作で結末はどう違いますか?
A. 映画は一家がやかんの船で旅立つ姿を描いて幕を下ろします。原作では少年が逃げ道を作るものの、彼自身は一家が逃げおおせたかを見届けられないまま屋敷を去り、一家の生死は本文で直接語られません。ケイトという少女がアリエッティの日記帳とおぼしき手記を見つける場面が、生存をうかがわせる唯一の手がかりになっています。
Q3. 翔は原作にも登場しますか?
A. 翔という名前の少年は原作にいません。原作の少年には固有の名前が与えられておらず、年齢も8歳前後とされています。映画では12歳で心臓の病気を抱える設定に変えられ、アリエッティとの交流の軸として作り直されました。
Q4. アリエッティたちのその後は描かれていますか?
A. 原作は「小人の冒険シリーズ」全5作として完結しており、一家は野・川・空を経て、最終第5作『小人たちの新しい家』で教会と牧師館にたどり着きます。いっぽう映画については、2026年8月時点で続編の制作発表や公開実績を確認できませんでした。翔のその後も映画では明示されていません。
Q5. 借りぐらしのアリエッティは配信で観られますか?
A. 2026年8月時点では、定額見放題でもレンタルでも主要な動画配信サービスでの配信を確認できませんでした。スタジオジブリ作品に共通する状況です。地上波では日本テレビ系『金曜ロードショー』で繰り返し放送されている作品なので、そちらが現実的な視聴機会になります。放送の予定は編成で変わるため、番組表や公式サイトでご確認ください。
借りぐらしのアリエッティと原作の違いと結末まとめ
長くなったので、要点を振り返っておきましょう。
- 原作はメアリー・ノートンが1952年に発表した『床下の小人たち』で、同年のカーネギー賞受賞作
- 映画は2010年7月17日公開・上映時間94分、監督は米林宏昌、脚本は宮崎駿と丹羽圭子
- 舞台は1950年代のイギリスから現代の日本へ移され、翔は映画オリジナルの少年として作られた
- スピラーは原作第1作には登場せず、シリーズ2作目『野に出た小人たち』から現れる
- 映画は一家の旅立ちを描いて終わり、原作は一家の生死を語らず日記の発見だけを残して閉じる
- 原作は全5作で完結し、映画の続編と翔のその後は確認できない・明示されていない
同じ骨組みから始まって、片方は旅立ちの姿を見せ、もう片方は見せない。この一点だけで、受け取るものがこれほど変わるのかと驚かされます。もう一度あの結末に触れたあと、原作の最後の数ページを読んでみてください。床下から見上げていた世界が、少しだけ違う形に見えてくるはずです。
なお、本記事の内容は2026年8月3日時点で確認できた情報にもとづいています。配信状況・書籍の刊行状況・放送の予定は変わる可能性があるので、正確な情報は公式サイトや番組表をご確認ください。作品の解釈にあたる部分は私個人の受け止めであり、制作者や出版社の公式見解ではありません。