干拓でできた町の「浜」に暮らす少年シュウジは、兄の放火事件をきっかけに家族を失います。重松清の『疾走』は、15歳のシュウジが故郷を発ち、大阪、そして東京へと走り続ける上下巻の長編です。
小説のラストで、シュウジは故郷の町へ戻り、警察に撃たれて亡くなります。2005年には、SABU監督・手越祐也主演で映画にもなりました。
記事のポイント
- 干拓地の町の「浜」に住むシュウジを、「おまえ」と呼ぶ声が語る
- 兄シュウイチの放火事件で一家は離散し、シュウジは大阪、東京へ
- 小説のラストでシュウジは故郷へ戻り、警察に撃たれて亡くなる
- 映画は2005年公開・監督SABU・シュウジ役は手越祐也
疾走(重松清)のネタバレ|あらすじと結末
ここから先は、小説『疾走』の結末に触れます。
シュウジは兄の放火事件で家族を失って大阪、東京へ向かい、最後は故郷の町で警察に撃たれて亡くなります。

疾走とは|上下巻の構成と「おまえ」の語り
『疾走』は重松清の長編小説で、角川文庫では上下2巻です。主人公シュウジを「おまえ」と呼ぶ二人称の語りで、物語が進みます。
作品データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | 重松清 |
| 単行本 | 角川書店・2003年7月31日発売・496ページ |
| 文庫 | 角川文庫・上下巻・2005年5月25日発売(上416ページ・下368ページ) |
| 電子書籍 | 上・下と【上下 合本版】 |
| 映画 | 2005年12月17日公開・脚本と監督はSABU |
書誌はKADOKAWAの『疾走 上』のページと『疾走 下』のページで見られます。
上巻と下巻で描かれること
上巻の舞台は、広い干拓地と水平線が広がるふるさとの町です。中学生のシュウジは、寡黙な父と気弱な母、地元有数の進学校に通う兄との4人家族でした。
教会に顔を出しながら、陸上に励むシュウジ。やがて町に一大リゾートの開発計画が持ち上がり、兄が犯したある犯罪から、一家は苦難の道へ追い込まれます。
下巻では、犯罪者の弟としてクラスで孤立したシュウジが、一家離散ののちに故郷を出ます。途中で立ち寄った大阪で地獄のような時間を過ごし、東京へ向かいます。
「おまえ」と呼びかける語り
物語は第一章から、シュウジを「おまえ」と呼ぶ声で語られます。始まりは、小高い丘からふるさとを見下ろす場面。兄シュウイチが幼いおまえに「ここはぜんぶ海だったんだ」と教えます。
この声の主が誰なのかは、物語の最後に分かります。
あらすじ|干拓地の町・「浜」と「沖」・鬼ケン(上巻序盤)
ふるさとの町は、干拓前からの集落「浜」と、干拓後にできた集落「沖」に分かれています。「浜」に住むシュウジは、「沖」の鬼ケンと出会い、やがてその死を知ります。
「浜」と「沖」に分かれた干拓地の町
シュウジの家は「浜」の、代々続く農家です。「浜」と「沖」の人の行き来はほとんどなく、「浜」の人々は「沖」を蔑んで近寄ろうとしません。
大人たちは「あそこの家は『沖』だから」と口にします。幼いシュウジは、「どうして、にんげんは死ぬの?」と問う子どもでした。
鬼ケンとアカネの軽トラック
「沖」のはずれの家には、刑務所帰りの男・鬼ケンと、アカネという女が暮らしていました。鬼ケンは大柄で背中に彫り物があり、関西弁で話します。
軽トラックで干拓地を狂ったようなスピードで走り回るのが、鬼ケンの姿でした。
小学三年生の夏、シュウジは自転車ごと鬼ケンの軽トラックの荷台に載せられます。助手席にはアカネ。干拓地の道を、時速百キロ近くで走り抜けました。
このとき、買ってもらったばかりの野球のグローブを干拓地で落としてしまいます。その後も鬼ケンは何度か「車に乗れや」と誘いましたが、シュウジは一度も「ありがとう」を言えませんでした。
鬼ケンの死とシュウジの涙
グローブは見つからず、シュウジは兄の古いグローブを使います。自転車のギアをトップに固定して、目的も忘れてただ速く走るようになりました。
稲刈りが終わったころ、鬼ケンはK市郊外の山中で遺体で見つかります。犯人は捕まらず、アカネも町から姿を消しました。
そして二月のある日、シュウジは「にんげん」のために初めて涙を流します。おまえの物語は、この涙から始まるのです。
「沖」にできた教会と神父
やがて「沖」に、古い農家を改装した教会ができます。宗派も分からない教会でした。
神父を務める男には、「ムショ帰り」「ひとごろし」といった噂がつきまといます。同級生の徹夫は、「鬼ケンのときと、ちょっと似てるよな」と言いました。
この神父は、自らの不貞から弟を殺人者にしてしまった重荷を背負う人物です。のちに、シュウジとエリを導く存在になります。
シュウジ・シュウイチ・徹夫・エリ|登場人物
物語の中心は、シュウジと兄シュウイチ、同級生の徹夫とエリ、そして「沖」の教会の神父です。
シュウジ(主人公)
「浜」に住む心優しい少年で、出来のいい兄シュウイチが大好きです。教会に顔を出しながら陸上に励み、15歳で故郷を発ちます。
シュウイチ(4歳上の兄)
頭のいい4歳上の兄で、地元有数の進学校に通っています。挫折ののちに放火事件を起こし、家族が離散するきっかけになりました。
徹夫(同級生)
陽気でひょうきんな同級生です。父親はおらず県営住宅に住み、母は駅前でお好み焼き屋『みよし』を開いています。
「沖」の教会の神父について、町の噂を口にするのも徹夫でした。
エリ(同級生)
幼いころに両親を自殺で失い、世の中を斜めに見ることしかできない孤独な少女です。シュウジは、このエリと淡い恋をします。
鬼ケン・アカネ・神父・新田
- 鬼ケン:「沖」のはずれに住む刑務所帰りの男。上巻の序盤で遺体で見つかる
- アカネ:鬼ケンと暮らしていた女。のちに大阪でシュウジと再会する
- 神父:「沖」にできた教会の神父。弟を殺人者にした重荷を背負う
- 新田:大阪のヤクザで、アカネの夫
小説の結末|シュウジはどうなった?
小説のラストで、シュウジは故郷の町へ戻り、警察の銃弾に撃たれて亡くなります。
兄の放火事件と一家離散
兄シュウイチが放火事件を起こし、シュウジの一家は離散します。父は家を出て行方が分からなくなり、母はギャンブルにのめり込みました。
犯罪者の弟としてクラスで孤立したシュウジは、15歳で故郷を発ちます。
大阪と東京で起きたこと
故郷を出たシュウジに起きる主な出来事は、次のとおりです。
- 大阪で、鬼ケンの死後に姿を消していたアカネと再会する
- アカネの夫でヤクザの新田のもとで、地獄のような時間を過ごす
- 新田は命を落とし、アカネは警察に捕まる
- 東京の新聞販売店で住み込みで働くが、同居人のトクさんに給料を盗まれる
- 東京でエリと再会し、故郷の町へ戻る
故郷の町で迎える最期
東京から故郷の町へ戻ったシュウジは、警察の放った銃弾に撃たれて亡くなります。
上巻の冒頭で「どうして、にんげんは死ぬの?」と問うた少年は、こうして短い生涯を終えました。
アカネが産んだシュウジの子
アカネは、シュウジの子を身ごもり、その子を産みます。
ラストの意味|「おまえ」と祈り
物語の終わりで、シュウジを「おまえ」と呼び続けてきた語り手が、「沖」の教会の神父だと分かります。
語り手「おまえ」の正体は神父
上巻の第一章から、物語はずっと「おまえ」という呼びかけで進みます。その声の主は、シュウジとエリを導いてきた神父でした。
神父は、自らの不貞から弟を殺人者にした重荷を背負う人物です。語り手が神父だと分かると、「おまえ」という呼びかけの重みが変わります。少年の短い生涯を、そばで見届けた者の声だからです。
「誰か一緒に生きてください」と祈り
「誰か一緒に生きてください」は、下巻と映画が掲げた言葉です。下巻が描くのは、人とつながりたい、ただそれだけを胸に走り続けた少年の軌跡です。
その道のりには、孤独と祈り、そして聖書が深く刻まれています。
疾走の映画版と原作の違い|キャスト・感想
ここから先は、映画『疾走』の結末に触れます。
2005年の映画も、故郷の町へ戻ったシュウジが警察に撃たれて亡くなる結末です。脚本・監督はSABUさん、シュウジ役は手越祐也さんでした。

映画版(2005)の結末と原作の違い
映画の最期は小説と同じで、シュウジは故郷で警察に撃たれて亡くなります。違うのは、上下巻を125分にまとめた長さと語り方です。
映画のあらすじと結末
映画のシュウジは、出来のいい兄シュウイチが大好きな「浜」の少年です。孤独な少女エリに淡い恋心を抱きますが、エリは東京へ引っ越します。
兄が放火事件を起こすと、父は家を出たまま帰らず、母も姿を消します。ひとりになったシュウジはエリの住む東京へ向かい、その途中で殺人未遂事件を起こしてしまいます。
ラストでは、故郷へ戻ったシュウジが警察に撃たれて亡くなります。
小説と映画の違い
| 点 | 小説 | 映画 |
|---|---|---|
| 長さ | 角川文庫で上下2巻 | 125分 |
| 語り | 二人称の「おまえ」。最後に語り手が神父だと分かる | ナレーションが入る |
| 最期 | 故郷の町で警察に撃たれて亡くなる | 故郷へ戻り、警察に撃たれて亡くなる |
小説が映画になった作品では、ひらいてのネタバレ(小説と映画の結末の違い)もまとめています。十角館の殺人のネタバレ(小説の結末)もあわせてどうぞ。
映画のキャスト・監督
映画『疾走』は2005年12月17日公開で、脚本・監督はSABUさん、シュウジ役は手越祐也さんです。上映時間は125分でした。
キャスト
| 役名 | 俳優 |
|---|---|
| シュウジ(福原秀次) | 手越祐也 |
| エリ(南波恵利) | 韓英恵 |
| アカネ | 中谷美紀 |
| 神父(宮原雄一) | 豊川悦司 |
| 新田 | 大杉漣 |
| 鬼ケン | 寺島進 |
| 宮原雄二(神父の弟) | 加瀬亮 |
| シュウイチ | 柄本佑 |
| シュウジの父 | 菅田俊 |
| シュウジの母 | 高橋ひとみ |
スタッフと公開
- 脚本・監督:SABU
- 原作:重松清
- 音楽:S.E.N.S.(メイン・テーマ『疾走』)
- プロデューサー:三木裕明
- 撮影:中堀正夫
- 配給:角川映画=エンジェル・シネマ
映画祭では、次の2つに選ばれています。
- 第1回ニュー・モントリオール国際映画祭:コンペティション部門に正式招待
- ベルリン国際映画祭:パノラマ部門に出品
疾走を読む・見る方法
小説は角川文庫の上下巻と電子書籍で読めます。映画は2026年10月時点で、U-NEXTとPrime Videoで配信されています。
小説(文庫・電子書籍)
2026年10月時点の定価は次のとおりです。
- 角川文庫『疾走 上』:416ページ・税込946円
- 角川文庫『疾走 下』:368ページ・税込880円
- 電子書籍:上・下と【上下 合本版】
冒頭は、BOOK☆WALKERの『疾走 上』のページと『疾走 下』のページで試し読みできます。
映画の配信とDVD
2026年10月時点の配信先は次の2つです。
- U-NEXT
- Prime Video(レンタル)
見放題・レンタルの別は、映画.comの『疾走』配信ページで確かめられます。
DVDは2015年6月26日にKADOKAWAから発売されています。
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ひらいてのネタバレ|小説と映画の結末・ラストの意味
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疾走に関するよくある質問(FAQ)
Q1. 疾走の結末でシュウジはどうなる?
A. 東京でエリと再会したあと故郷の町へ戻り、警察の放った銃弾に撃たれて亡くなります。
Q2. 疾走の語り手「おまえ」は誰?
A. 「沖」の教会の神父です。シュウジを「おまえ」と呼んできた声の主だと、物語の終わりで分かります。
Q3. 小説と映画で結末は違う?
A. どちらも、故郷へ戻ったシュウジが警察に撃たれて亡くなる結末です。映画は上下巻の物語を125分にまとめ、ナレーションが入ります。
Q4. 疾走の新田とはどんな人物?
A. 大阪のヤクザで、アカネの夫です。シュウジは大阪の新田のもとで地獄のような時間を過ごし、新田はやがて命を落とします。映画では大杉漣さんが演じました。
Q5. 疾走の映画はどこで見られる?
A. 2026年10月時点で、U-NEXTとPrime Video(レンタル)で配信されています。見放題・レンタルの別は映画.comの配信ページで確かめられます。
疾走のネタバレまとめ
重松清の『疾走』は、干拓地の町で家族を失ったシュウジが大阪、東京へ走り、最後は故郷で撃たれて亡くなる物語です。
- ふるさとの町は干拓前からの「浜」と干拓後の「沖」に分かれている
- 上巻の序盤で、「沖」の鬼ケンが山中で遺体で見つかる
- 兄シュウイチの放火事件で一家は離散し、シュウジは15歳で故郷を発つ
- 大阪でアカネと再会し、新田のもとで地獄のような時間を過ごす
- 東京でエリと再会したのち故郷へ戻り、警察に撃たれて亡くなる
- 語り手「おまえ」の正体は、「沖」の教会の神父
- 2005年の映画は監督SABU・主演手越祐也で、最期は小説と同じ
